第3章
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「意外と早かったじゃない、ケイト」

話し方もシニカルで、声色も中性的だ。何より背が高くなった。けれども、彼は一見して美少女のままだった。

「ごめんて。怒らないでよ、雪」

「勘違いしないで。あなたが事前連絡もなしに”友人”とやらを連れてきた事に何か思った訳じゃない。よりにもよって連れてきたのが底の浅そうなブスだったから不愉快なだけ」

いっそ清々しい程の毒舌に、ケイトはもはや反論すらしない。
どんな女の子よりご機嫌を取るのが厄介。女にはああ言ったが、雪はやや性格が悪かった。

「それより、今日も可愛い格好してるな。嬉しいよ」

「話題を変えようとしてるなら残念。あなたのためにしている訳じゃないからね。どうせあの子、本命じゃないんでしょ。理想の自分でいるために、お互いを利用しあってるって感じだもんね」

雪が可愛らしく小首を傾げれば、完璧に巻かれたツインテールがリボンと一緒に揺れた。
アイスコーヒーを頼むとき、店員があからさまに雪をうっとりと見ているのにケイトは気付いた。

「そこまでさあ、言うことはなくない?」

「あなたを見ていると吐き気がする」

暴言に、ケイトは笑った。

「でもさ、いたい自分でいさせてくれる相手っていいじゃん。雪も王子とそういうとこなかった?」

口にして少し後悔する。
その人物の事を話す時だけ、雪の瞳が一瞬傷付くからだ。

「あなたと瞑夜の関係が簡単じゃないように、わたしと瞑夜の関係は人に簡単に想像してほしくない」

「ごめん」

「べつに。で、本題」

「ほいよ」

ケイトはカバンから封筒をだして雪に渡した。何の変哲も無い、白い封筒だ。
雪は中身を確認もせず、白い羽のついたカバンにしまってしまう。

「まったく。ポストに入れといてくれたら取りに帰るのにな」

「まあ、別の意図があるんだろ」

「…………」

封筒の中身は大学生になった雪への生活費だ。
北斗がケイトに預けて、手渡しで渡すようにと取り決めた。
それがあって、今でもケイトと雪は1か月に一回は顔を付き合わせる事になるのだ。
雪はどう思っているか知らないが、ケイトはそれがそんなに嫌ではない。

「なんだかんだでさ、もうあそこには俺と北斗さんと齋藤さんしか住んでないんだな」

「わたしも荷物は置いてるし家賃も払っているけど」

「家賃払ってるのはシドも一緒だな。帰ってこないし、いらないって言ってあるんだけどね」

「帰って、ね……」

再び雪がこくりと紅茶を飲む。
どういう仕組みになっているのか、紅い唇はティーカップに跡をつけなかった。

「おっと、電話」

クラシカルメイドの格好をした給仕が運んできた珈琲を受け取りつつ、ケイトは赤いガラケーを取り出した。
そして、液晶を確認すると眉をしかめた。

「出ないの?」

「ああ……」

どこか憎々しげにそう呟いて携帯をテーブルの上に置く。
しかし、長い着信は一度切れ、また再びかかってきた。

「ああ、畜生。しつこいな」

雪は半眼で本を開きケイトの電話を促した。
ケイトはため息をついて電話に出る。

「はい…………はい…………えっ?」

しかしその途中、ケイトが弾かれたように立ち上がったので、雪も驚いて顔を上げた。

「え……そんな…………そんな、叔父さんが死んだ……?」

落ち着きのないケイトの瞳を、雪が捉える。
しっかりしろと言外に読み取り、ケイトは椅子に座りなおした。

「分かりました。準備をしたら、直ぐにいきます……はい」

電源を切ったケイトは、少し放心した様子で珈琲を飲んだ。
しかし、すでに雪は本を鞄にしまい帰り支度を始めている。

「何してるの。準備して、直ぐに行くんでしょ」

「え、うん……でも」

「わたしも着替えるからマンションに寄らせて」

「うん。……嘘。来てくれるの?」

驚いたケイトに、雪はふんと鼻を鳴らす。

「ま、瞑夜の代わりにね」