第3章
プロローグ
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時間を意識しない朝は幸せだ。
もっとも、勤め人ではないケイトにはそんな朝は珍しくないが。
寝返りを打った拍子にベッドのスプリングが大きく軋む。すると、甘い呻き声が耳をくすぐった。
隣で寝ている女はもぞもぞとシーツの中に隠れようとする。
紅茶色に染められた柔らかい髪の匂いを嗅ぐと、自分と同じシャンプーの香りがした。
ベッドから起き上がると、もう一度女が抗議の声を上げる。
それすらも可愛らしく、ケイトは思わず笑ってしまう。

均整の取れたしなやかな身体には、男物のショーツを纏うのみで、ずいぶん暖かくなってきたとは言え、風邪をひきそうだ。
歩きしなに鼻歌混じりで白シャツを拾い、羽織る。
冷蔵庫には何が入っていただろうか。
目を覚ました女を思いっきり甘やかすつもりで、ケイトはキッチンへ向かった。

「ケイトくん、ほんと理想の彼氏。結婚したーい」

女は、オムレツを頬張りながらにこにこと笑った。
「じゃあ付き合っちゃう?」とは聞かないで意味深に微笑んだ。
今は色んな女の子と遊んでいたいし、きっとケイトの一歩は女の子たちには重いのだ。
代わりにケイトは窓の外を見ながら掠れた声でこう言う。

「ねえ、みてよ。超いい天気。俺、今の季節が一番好きかも」

「うんうん。ねえ、今日は時間あるんでしょ?遊び行こうよ」

「夕方から一個予定があるけど、それまでは自由だよ」

「やった」

ケイトは最初は一番可愛く見える格好ですました顔をしていた女の子たちが、いつのまにか隙を見せて子供っぽくなる瞬間が好きだった。

「ケイトくん、どんな子供だった?」

「え?今と変わんないけど?」

「ふふ。想像できちゃう」

女は両手でマグカップを持って、紅茶を飲んだ。

「私ね、男女って馬鹿にされるくらい、男の子みたいだったの。陸上部で、髪とか短くて、肌も黒くて。だから、なんか昨日とか今日は感激しちゃった。私でも優しくしてもらえるんだなって」

「…………」

女は髪も美容室で整えられ、肌も滑らかで、安くはない洋服や鞄で身を飾っていた。
ケイトの思春期と比べれば、他の奴らは何て楽だったろうかと思っていた時期がある。
でも、きっとそうではないのだ。
ちょっと切なくなった。
それが幾度となく違う男たちの前で繰り返された言葉だったとしても。

「今日は君の行きたいとこに、どこでも付き合うよ」

「楽しみだな」

ケイトは女の表情を見て、思いっきり幸せな1日にしたいと、そう思った。

「で、その方はどなた?」

にこりともしないで言われた言葉に、ケイトは後悔していた。
そう、女もケイトも浮かれすぎていたのだ。

男が入るには躊躇していまうくらいレトロで乙女チックな喫茶店には、絵から抜け出してきたようなドレスの少女が紅茶を飲みながらケイトを待ち受けていた。

「あー。さっきまで遊んでいた……友達?」

「あっそ」

少女は、あまり少女らしからぬ大きな動作で頬杖をつき、先ほどまで眺めていた外国語の本に視線を戻した。
ケイトの後ろにいる女に至っては、完全に我に返って顔を強張らせていた。

「あ、ケイトくん。やっぱ私帰るね?」

「あ、そう?じゃあ店先まで送る」

慌てて女を追いかけるケイトを少女はちらりと一瞥したが、何も言わなかった。
足早な女にケイトはため息をつく思いだったが、彼女は店を出るとやっと振り返える。

「なんか、ごめん。悪い奴じゃないんだけど、ちょっと気難しくて」

「ううん。私が無理やり来たいっていったんだし。……それより、すごく可愛い子だったけど……彼女とか?」

恐々、だが強がって聞いてみた風の女に、説明をどうするかケイトは悩んだ。

「ちがうんだ。友達の……彼氏?になるのか?」

「えっ?」

頭の上に疑問符を浮かべ、女は怪訝な顔をする。

「男なんだよ、あの子」

思わず店の中に引き返そうとする女を、ケイトは反射的に捕まえていた。