第2章
プロローグ
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エピローグ

INDEX

act.20

不意に誰かに名前を呼ばれた気がして、瞑夜は振り向いた。けれどそこには誰もいない。

「どうしたの、瞑夜?」

隣にいた雪が声をかけてくる。

「いや、なんでもないよ」

二人はいつもより口数少なく歩いていた。
瞑夜はスコップを、雪はダンボールや袋、軍手を持っている。
足が重いのは気のせいではない。
本当は、全部忘れて逃げ出してしまいたかった。本当に歌が戻る保証もないのだ。わざわざ四年前の悪夢を掘り起こして、今度は言葉すら奪われる可能性すらあった。
やがて、道の行き止まりに差し掛かり、二人は足を止めた。
そこにはシドとるう、そしてケイトが二人を待っていた。

「よう」

「どうも」

まるで昨日も会ったかのような様子で、瞑夜とケイトは挨拶をした。

「どうしているのか聞いてもいい?」

「お節介しに来た。力仕事だろ」

「その様子じゃ、何か知ってるんですね」

ケイトは黙って肩をすくめた。
雪がケイトを睨むが、それにも怯まない。
そんな中、シドが瞑夜の持つスコップを見て言う。

「何を掘るの?」

シドの後ろで、るいが目を伏せる。
瞑夜が口を開く前に、ケイトが言った。

「こう言う場合、馬鹿正直に言うのは正しくないだろうけど、今までの君を見てたら、誤魔化したりはできないな」

「ケイト、」

瞑夜が引き止めるように呼ぶが、ケイトは首を振る。

「今から俺たちはハルの遺体を掘りに行く」

空気が痛いくらい張り詰めていた。

「こいつは偶然なんだけど、俺スコップもう2つ持ってんの。だから、シドも手伝ってくれないかな。説明は後でするよ」

「ハルシオンが埋まってるの?7号室の中庭に」

「ああ……」

「そ。わかった……」

呆気ないくらいに素直にシドは頷き、その静かさが逆に怖かった。

「るう。君はどうする」

「もちろん、行くわ。彼は私の友達でもあるもの」

行かない理由はなかった。






罪のない菫の花を優しく掘り返し、中庭の隅に置く。
そこから、瞑夜、ケイト、シドで土を掘り返し始めた。ほとんど誰も何も言わず、一心に手を動かす。土はそれほど硬くなかったが、三人とも慣れない作業で手際良くとは言えなかった。
るうと雪も、たまに飲み物を買って来たりする以外では、話もせずに穴が掘られてゆくのを見守っていた。
やがて暗くなっても一向に目的の物は現れず、その頃には一同にも疲れが見えてくる。

「まだ、もっと深かったはずです」

「壊さないといいけど……」

「…………」

シドが無言なのがるうには不安だった。
順序立てて説明しようと思っていたのが、ケイトに先に結論から言われてしまったのだ。
そして、ハルシオンが此処に埋められている事は、るうも初耳だった。しかもこれではまるで、ケイトと瞑夜が埋めたみたいではないか。
今日は月の明るい夜で、中庭の電灯がなくても、十分に土が照らされていた。

「こんな夜だったな……」

独り言のような瞑夜の言葉に、ケイトと雪が俯く。
それからはひたすらに手を動かし、月がてっぺんに着いた頃、穴はちょうどあの日瞑夜が掘ったほどの深さにまで到達した。
最初に声を上げたのはケイトだった。
潰れたランドセルにスコップが当たったのだ、
ランドセルを引き上げると、すぐにぼろぼろの布がみつかる。布に包まれたそれを、瞑夜は恐る恐る取り上げた。
布はあの日の瞑夜が着ていたジャケットで、赤黒く染まったそれを震える手で開いていくのを、皆で息を殺して見守る。

「ああ……」

誰の声か、吐息が漏れた。
ビー玉が転がったのを皮切りに、沢山の小さなきらきらと光るものがこぼれ落ちた。
そしてその後に、小さな頭蓋骨を含めた、一部皮が残って張り付いた、子供の遺体が現れた。それはもはやハルシオンの面影もなかったが、茶色のランドセルを見ればこれが誰なのか、一目瞭然だった。
シドがあげたルービックキューブ、名前の書かれた教科書、彼が拘っていた大人の使うような筆記具たち、お気に入りの鉱物や、自分で削った木製のゴム鉄砲。
彼の持ち物は、彼の遺骨よりも雄弁に彼を思い出させた。

瞑夜は、自分が当初想像していた、弟との再会と今の状態がまるで違うことを感じていた。

『きっとこれからずっと、誰も愛する事なく、誰からも愛されず、人間の営みから外れて孤独に死ぬ』

きっとこの時は、弟を埋めた時のように、たった独りで苦しむのだと思っていた。
それがどうだ。
雪がいて、ケイトがいて、シドとるうもいて……。

そうだ、シド。
振り返れば、シドは土に汚れたルービックキューブを持って、瞑夜の膝の上の友人の骨を見ていた。

「瞑夜……骨が足りないように見えるよ」

泥に汚れた少年は、月明かりで真っ白に輝いて見えた。

「説明、する。順番に」

ケイトが瞑夜を庇うように口を挟む。

「君が殺したの?」

「違う」

「ああ、でもどうでもいい。彼が此処にいないなら、俺が待っている意味は、ない」

淡々とした言葉に、感情は感じられなかった。
シドは持っていたルービックキューブを落とすと、ランドセルから出てきた錆びた小型ナイフを拾い、返し手で素早く自分の首に突き刺した。

あまりに躊躇なく、あまりに静かだったため、誰もが止める事ができなかった。

「すぐ、いくね」

よたつきながらナイフを抜いたのは、失血による死亡率を上げるつもりだろうか。
そのままシドは転倒し、ケイトと瞑夜が駆け寄る。
雪が携帯で救急車を呼ぶ中、るうは目の前の事についていけずにいた。
どんどん血に染まってゆくシドに近付くことも、掘り起こされたハルシオンに触れることもできなかった。
これでは、まるで透明人間。
過去の彼らを見ていた時の、余所者の自分とおんなじであった。