act.10
イーストガーデンの王子様の傍らにロリータ少女が寄り添うようになってから数日。
るうは学校でちょくちょくその事を聞かれるようになった。
「いつもは話したことない子が、そういう時だけ話しかけてくる……」
シドの部屋で、るうは少しむすっとした顔でそう言った。
それを見ながら、シドはもそもそとブランチであるところの食パンを咀嚼している。
どんな物でも少し不味そうに食べるので、シドと楽しく食事をするには適さないとるうは学び始めていた。
だから朝食は家で済ませて、今は持ってきた野菜ジュースを飲んでいる。
シドはあまり学校へ行っている様子はないが、シドもるうも中学校の最終学年だ。
当然その先の進路を考えるようになる。
るうは先日ついに連日イーストガーデンに通いつめていることをやんわりと母親に窘められ、それがなお不機嫌さを加速させていた。
「シドは?」
「?」
「シドは高校どこいくの?」
実際にはどうか知らないが、るうにはシドは頭が良さそうに見えた。
この町には県内で一番頭のいい高校がある。るうはそこを受験する予定だ。
制服姿のシドは想像できないが、彼なら入試に軽く受かってしまうのではないかとるうは思った。
シドは話題が唐突に変わったことを不可解に思いながら、淡々と答える。
「俺は高校行かない」
「……それって進学しないってこと?」
「そうなるね」
るうの周りでその選択を視野に入れている人は一人もいなかった。
実に勝手な話だが、一緒の高校通えたら楽しそうだとぼんやり思っていたるうは、その夢が一瞬で潰えたので軽くショックを受けた。
「学校行かないで、どうするの?」
「仕事する」
さも当然というように返される。
「コンピュータ関係の?」
「……コンピュータを使う仕事だね」
「……そう、なの」
なんか凄いね、と笑って見せたものの、あまり感情が追いついていない。
るうは将来自分がどうするとか、まだ考えられていなかった。
おぼろげに出版関係が仕事になったら良いとは思っていたが、それだって先の話で、まだまだ自分は子供だ。
だからそんな直線的に夢を叶えられると、ちょっと置いて行かれたような気持ちになる。
「…………」
急に口数の少なくなったるうに、シドが視線を向ける。
少しだけ気まずい雰囲気を感じながら、しばらく二人は黙っていた。
結局、エクリチュール館の中庭の秘密も中にいた女の子の正体も分からず、シドはハルシオンを見つけられず、るうはノイと再会できないまま春が終わりかけていた。
るうはシドに言えずにいることがたくさんあって、あんなにハルシオンを探すことに熱心なはずのシドは、それを聞き出してはこない。どうして黙っているのか聞きたいけれど、それも少し怖かった。
「瞑夜さんが一緒にいる子、前に中庭にいた子に似てる気がする」
「……この辺に住んでる人かな」
「あまり覚えてないけど、前に北斗さんの部屋に入っていったのを見たことある」
ハルシオンと最後に会った日だ。
「瞑夜の友達じゃないのかな」
「瞑夜さんの恋人で、北斗さんの……何かなんじゃないの?」
「瞑夜のコイビトで……北斗さんのナニカ?」
「たぶん……」
そういえばるうだってシドといると恋人だと見られるし、ケイトと瞑夜もそう見られがちだが、実際には両方とも違う。
瞑夜と少女の雰囲気も、るうには少し独特な気がしている。
「なんだろ。違うかもしれないけどね」
「ふうん?」
シドは曖昧に頷く。
「じゃあ、あの人にも話をきいてみようかな」
「え?」
「中庭に入る方法、知ってるかもしれないから」
「う、うん……」
るうは読みさしの本を抱きしめた。
例えば中庭を見つけて、本当にハルシオンを見つけたとして、それでどうなってしまうのか、自分はただ流れに身を任せているだけでいいのか、分からなかった。
その日、夜になって帰る準備をしていたるうに、珍しくシドが送るよ、と言った。
るうは一人で大丈夫だと返すが、尚も押し切られたので、大人しく頷く。
「どうしたの、シドが夜でも外に出るなんて珍しい」
「筋トレ……」
「なによそれ」
いつもは足早に過ぎ去る道を、友だちがいるとゆっくり歩きたくなる。
どうやらるうは少し浮かれているらしい自分を発見する。
窓明りや、家から聴こえる声。こんな時間に犬の散歩をしている人、月の光。
そんな珍しくもない物たちが、自分たちのために作られたジオラマの世界に見える。
「俺、たぶんずっとあそこにいるから……」
「え?」
不意に投げられた言葉に、るうは首をかしげた。
「だから、今と変わらないよ」
「……う、ん?」
続く言葉を待ったものの、それで終わりだったらしく、シドはすっと黙った。
「えっと、もしかして朝のこと気にしてくれてたのかしら……」
るうが顔を覗き込むと、シドは少し目を細めて笑う。
「だからずっと一緒にいよう」
「…………」
鼻の奥がツンとした。
ずっと一人で平気にならなければと思っていた。
本当はそうじゃなかったのかもしれない。
どうしてか、とても苦しかった。
「そうだね、ずっと、ずっと一緒」
るうも笑って、二人で手を繋いで歩いた。
ビーズやスパンコールを縫い付けた夜空。
ダンボールで作った街。
このまま、時が止まればいいと思った。