第2章
プロローグ
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エピローグ

INDEX

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イーストガーデンの王子様の傍らにロリータ少女が寄り添うようになってから数日。
るうは学校でちょくちょくその事を聞かれるようになった。

「いつもは話したことない子が、そういう時だけ話しかけてくる……」

シドの部屋で、るうは少しむすっとした顔でそう言った。
それを見ながら、シドはもそもそとブランチであるところの食パンを咀嚼している。
どんな物でも少し不味そうに食べるので、シドと楽しく食事をするには適さないとるうは学び始めていた。
だから朝食は家で済ませて、今は持ってきた野菜ジュースを飲んでいる。

シドはあまり学校へ行っている様子はないが、シドもるうも中学校の最終学年だ。
当然その先の進路を考えるようになる。
るうは先日ついに連日イーストガーデンに通いつめていることをやんわりと母親に窘められ、それがなお不機嫌さを加速させていた。

「シドは?」

「?」

「シドは高校どこいくの?」

実際にはどうか知らないが、るうにはシドは頭が良さそうに見えた。
この町には県内で一番頭のいい高校がある。るうはそこを受験する予定だ。
制服姿のシドは想像できないが、彼なら入試に軽く受かってしまうのではないかとるうは思った。
シドは話題が唐突に変わったことを不可解に思いながら、淡々と答える。

「俺は高校行かない」

「……それって進学しないってこと?」

「そうなるね」

るうの周りでその選択を視野に入れている人は一人もいなかった。
実に勝手な話だが、一緒の高校通えたら楽しそうだとぼんやり思っていたるうは、その夢が一瞬で潰えたので軽くショックを受けた。

「学校行かないで、どうするの?」

「仕事する」

さも当然というように返される。

「コンピュータ関係の?」

「……コンピュータを使う仕事だね」

「……そう、なの」

なんか凄いね、と笑って見せたものの、あまり感情が追いついていない。
るうは将来自分がどうするとか、まだ考えられていなかった。
おぼろげに出版関係が仕事になったら良いとは思っていたが、それだって先の話で、まだまだ自分は子供だ。
だからそんな直線的に夢を叶えられると、ちょっと置いて行かれたような気持ちになる。

「…………」

急に口数の少なくなったるうに、シドが視線を向ける。
少しだけ気まずい雰囲気を感じながら、しばらく二人は黙っていた。



結局、エクリチュール館の中庭の秘密も中にいた女の子の正体も分からず、シドはハルシオンを見つけられず、るうはノイと再会できないまま春が終わりかけていた。
るうはシドに言えずにいることがたくさんあって、あんなにハルシオンを探すことに熱心なはずのシドは、それを聞き出してはこない。どうして黙っているのか聞きたいけれど、それも少し怖かった。

「瞑夜さんが一緒にいる子、前に中庭にいた子に似てる気がする」

「……この辺に住んでる人かな」

「あまり覚えてないけど、前に北斗さんの部屋に入っていったのを見たことある」

ハルシオンと最後に会った日だ。

「瞑夜の友達じゃないのかな」

「瞑夜さんの恋人で、北斗さんの……何かなんじゃないの?」

「瞑夜のコイビトで……北斗さんのナニカ?」

「たぶん……」

そういえばるうだってシドといると恋人だと見られるし、ケイトと瞑夜もそう見られがちだが、実際には両方とも違う。
瞑夜と少女の雰囲気も、るうには少し独特な気がしている。

「なんだろ。違うかもしれないけどね」

「ふうん?」

シドは曖昧に頷く。

「じゃあ、あの人にも話をきいてみようかな」

「え?」

「中庭に入る方法、知ってるかもしれないから」

「う、うん……」

るうは読みさしの本を抱きしめた。
例えば中庭を見つけて、本当にハルシオンを見つけたとして、それでどうなってしまうのか、自分はただ流れに身を任せているだけでいいのか、分からなかった。






その日、夜になって帰る準備をしていたるうに、珍しくシドが送るよ、と言った。
るうは一人で大丈夫だと返すが、尚も押し切られたので、大人しく頷く。

「どうしたの、シドが夜でも外に出るなんて珍しい」

「筋トレ……」

「なによそれ」

いつもは足早に過ぎ去る道を、友だちがいるとゆっくり歩きたくなる。
どうやらるうは少し浮かれているらしい自分を発見する。
窓明りや、家から聴こえる声。こんな時間に犬の散歩をしている人、月の光。
そんな珍しくもない物たちが、自分たちのために作られたジオラマの世界に見える。

「俺、たぶんずっとあそこにいるから……」

「え?」

不意に投げられた言葉に、るうは首をかしげた。

「だから、今と変わらないよ」

「……う、ん?」

続く言葉を待ったものの、それで終わりだったらしく、シドはすっと黙った。

「えっと、もしかして朝のこと気にしてくれてたのかしら……」

るうが顔を覗き込むと、シドは少し目を細めて笑う。

「だからずっと一緒にいよう」

「…………」

鼻の奥がツンとした。
ずっと一人で平気にならなければと思っていた。
本当はそうじゃなかったのかもしれない。
どうしてか、とても苦しかった。

「そうだね、ずっと、ずっと一緒」

るうも笑って、二人で手を繋いで歩いた。
ビーズやスパンコールを縫い付けた夜空。
ダンボールで作った街。
このまま、時が止まればいいと思った。