第2章
プロローグ
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エピローグ

INDEX

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るうお気に入りの喫茶店で朝食を済ませた二人は、塔子の住む8号室を訪ねていた。
8号室はエクリチュール館の一階にある。
インターホンを押せば、塔子はもう起きていたようで、比較的早く反応があった。

「あら、二人ともどうしたの?」

化粧を落として髪をまとめた塔子は、少し普段と印象が違う。テンションも落ち着いているし、服装もシンプルなティーシャツにスラックスだ。
彼女が見下ろすと、お揃いの無表情でシドとるうがじっと見上げてくる。

「あの、失礼ですがお部屋を見せてもらえませんか?」

るうの言葉に、塔子はきょとんとした。

「いいけど、まだ引っ越したばかりで散らかってるよ?」

「……10号室から見える中庭の入り口が、8号室にありそうなんだ」

シドが言って、るうも頷く。
それを戸惑ったように見ていた塔子は、しばらくして扉を大きく開けた。

「よく分からないけど、なんだか大事なことなのね。あまりおもてなしできないけど、入ってね」

るうとシドはお礼を言って部屋に上がる。
部屋の中はるうが想像していたよりも片付いていた。
壁には本棚が並び、そこには沢山の漫画や資料らしき本が置かれている。
塔子は一人暮らしのはずだが、机がいくつかならんで置いてあった。
るうが物珍しげにそんな物を見ている間に、シドは一直線に目当ての場所へ向かっていく。
部屋の真ん中を通る、大きな柱。
るうが後ろから追いつくと、シドは黙って立っていた。
視線の先には真っ白な壁しかない。

「何か見つかった?」

「ねえ、塔子さん。この辺りにドアがついてなかった?」

「ドア?知らないなあ」

シドは壁を叩いてみたり、壁をぐるりと回ってみたりするが、分からない様子で難しい顔をしている。

「探偵みたいだね、シドくん」

「……壁紙貼り直したりした?」

「さあ、私はしてないけど」

シドとるうが顔を見合わせる。

「じゃあ、入り口はここではないってことなのかな……」

るうが言うと、シドも自信なさげに俯いた。
なんとなくしょぼくれた二人を見て、塔子が笑う。

「君たち本当に可愛いねえ。待ってて、今お茶淹れるから。あ、ジュースのがいい?」

「水で……」

「……お茶を」

「OK!塔子おねーさんが美味し〜の用意しちゃう!」

座って座って、と促され、二人はそれぞれ椅子に座った。












あの道を、忘れたわけではない。
それなのにここに戻って来てから一度も訪れていないのは、ずっとケイトといたからだ。
そして、大事な用事をおざなりにしていた。
楽しさや気楽さに流されるようにして、誤魔化していた。

「それなのに今、背中を押すのがあなただなんてね、ケイト……」

瞑夜はそう呟いて、通り雨が止んだ後の重たく濡れた草を踏んで歩く。
露が、彼の靴を濡らす。
その時、

「ねえ」

不意に背中から声を掛けられて、瞑夜は振り返った。
そこには、御伽の国のお姫様のようなドレスを着た少女が日傘を持って立っていた。

「どこに行くの。その先は、一本道だよ」

綿あめのように甘い声だ。
非日常な格好が、不思議と、このイーストガーデンには似合っている。
瞑夜は自分の頭がうまく働いていない事を自覚した。
どう反応したら良いのか分からず、硬い表情で立ち尽くし少女を見る。

「髪もぼさぼさで、お洋服も酷いのね。どうしてしまったの?瞑夜は王子様なのに」

くすくすと少女が笑う。
瞑夜は自分の長い髪が邪魔だな、と思う。
切ってしまいたい。

「……僕はそんなんじゃないよ」

「そんなん?」

「王子様とか、君たちが思うような男じゃない」

投げやりな言葉は、彼の本音だった。
何故だか、今は表層を繕うのすら面倒で、こんな訳のわからない少女を構っているのさえ自分で理解できなかった。

「今、瞑夜はすすぐを誰と一緒にしたの?」

「え?」

「君たちって、すすぐは一人しかいないのに、誰かとひとくくりにしたでしょ。みんなと一緒にしないで」

「……すすぐ?」

どこかで聞いた名前。
どこか、大事なところで。
それより、この子はどうして自分の名前を知っているんだろう。
雪は、軽やかな足取りで瞑夜のそばまで行く。そうして可愛らしくにこにこ笑って、薄桃色の唇を動かし言った。

「すすぐ、瞑夜のことちゃんと知ってるよ」

瞑夜は鈍い頭で記憶を探るが、こんなにインパクトのある少女が、どうしたことか簡単に思い出せなかった。

「君は僕を知ってるようだけど、僕は君を覚えてないみたいだ」

突き放すように放たれた言葉に、少女はすっと無表情になった。
流石に冷たかったかと重ねる台詞を探していると、その前に少女が再び口を開いた。

「じゃ、思いださせてあげる…。瞑夜、あの日大事なものを中庭に埋めたよね。すすぐ、それも知ってるんだから!」