act.02
『せんせーとぼくのさんかくゾーン?』という、ピンク色の単行本漫画を開こうとしたるうの手から、ケイトが素早く本を取り上げた。
横でそれを見ていたシドも、不思議そうに首を傾げている。
場所はパロル館2階にある4号室。つまりシドのお隣である。
モノトーンを基調に少々殺風景、だがセンス良く纏められているその部屋は、北斗の部屋だ。
引越し前に早く来すぎた塔子と、シドとるうが接触し、そこに昼飯から帰ってきた北斗とケイトがかち合う。
それで取り敢えず北斗の部屋に5人いるわけだが、やはり独り住まいにこの人数は少し狭かった。
椅子が足りないのもあり、るうとシドは床にそのまま座っている。
「この人の本は子供が読んではいけませんよ」
塔子を指差す北斗の言葉に、るうは少し不満げな顔をする。シドは分かっているのかいないのか、曖昧な顔をしている。
「ついでに言うと11号室の人が書く本もだめ」
るうは自他共に認める読書家で、そういう知識もそれなりにあるつもりだ。むやみな子供扱いは不本意だった。
しかし、北斗の横で涎を垂らしそうな目で自分たちを見ている塔子を見ると、確かにこの人が描いた漫画は危なそうだな、とも思う。
「一二三ちゃん、昔は普通の小説書いてたのにねー」
「官能小説のが売れるんですって」
「あのジャンルってそんなに人気あるの?それとも一二三ちゃんがエロいの?」
「知らん。むしろ知りたくない」
4号室の東苑寺北斗と11号室の齋藤一二三、そして8号室の間宮塔子は幼馴染である。
といっても齋藤だけやや歳上で、ケイトの中の齋藤は出会った時から今のままなので年齢がわからない。
「11号室って、猫を飼っている人だね」
たまに10号室にいるるうは11号室の窓から身軽な様子で外に出て行く黒猫の姿を見ていた。
「あー、おむすび。まだ生きてたのね」
塔子が懐かしそうな声を出す。
「何代目おむすびなんだ?」
「え、1代目じゃないの?」
「だって私たちが子供の頃からいるじゃないか」
北斗と塔子の会話を、ケイトは面白そうに聞いている。
るうは齋藤に会ったことがないので、やや置いてけぼりだ。
「その、齋藤さん……というひとはどんな人なの?」
「変わり者」
「変人」
「四次元」
ケイト、北斗、塔子の順である。
よく分からないが、変わった人らしい。
「小説家なんだって。着物着てたよ」
横からシドが補足する。
「そうなのね。女の人?」
るうの言葉に、皆黙る。
知らないのだ。幼馴染の二人も。
「あれはミラクルよねー。多分男…かなあ」
「医者の北斗さんでも分かんねーのかよ。てか、幼馴染なら学校の制服とかで分かんない?」
「それが……」
北斗は席を立ち、アルバムを持って戻ってきた。
「…………!?」
中学生であろう齋藤は、市松人形のように髪が長く、腰までの黒髪をおろしている。
制服はオーソドックスなセーラー服で、まだ小学生の北斗と塔子がその周りにいる。
そして、高校生の齋藤はその髪がばっさりと切られ、今の髪型に近い。つまり長めの短髪になっていた。
問題は、学ランを着ているところだ。
真っ白な肌に墨で描いたような猫目。どこか浮世離れした不気味さ。齋藤に違いない。
「これ、学園祭とかで衣装替えてるだけじゃ……」
ケイトの言葉に、全く同じ表情で北斗と塔子は首を振る。
「双子の入れ替わりトリック……」
「ケイトくん。男女の一卵性はあり得ません」
「一二三ちゃんのせいで、私は人間ってけっこう自由に性別変えられるのかなって、大きくなるまで思ってたのよ」
「私は事が事すぎて聞けなかったんですけどね」
一同、黙る。
「そんなに気になるなら本人に聞けないの?」
るうのストレートな提案に、塔子は考える顔をする。
「一二三ちゃん、人が困ってるの面白がるタイプの人だからな〜。教えてくれない気がする〜」
「何にせよ、秘密主義なんで話してくれないでしょうね、あの人は」
ぱたんとアルバムを閉じた北斗に、思わずケイトは聞いた。
「それ、寂しくねえの?」
「何が?」
「ダチが、大事な事黙ってんのとか」
北斗はアルバム片手にじっとケイトを見ていたが、すぐに肩をすくめた。
「別に、あの人の性別なんてどうだっていいですよ。ちっとも大事な事なんかじゃない」
そのまま背を向けた北斗を見て、塔子がくすくす笑う。
「北斗ちゃん、マジで可愛い〜。本当は性別なんてどっちでもいいよって事なんだよね。素直じゃないとこめっちゃ萌え〜」
「間宮は黙ってなさい」
「塔子って呼んでよね〜」
賑やかな大人組をよそに、シドはすぐそばにある塔子が持ってきたキャリーバッグを見ていた。
布製のキャリーバッグは許容量を超えぱんぱんで、先ほどから少しずつジッパーが開きつつある。
「何見てるの?」
横にいたるうが覗き込むと、シドはキャリーバッグを指差す。
「いっぱいね。引越しの荷物かしら……」
首をかしげシドはそのままバッグを突いた。
その瞬間、
「あ〜〜私の宝物(同人誌)たちが〜〜〜!!」
キャリーバッグからは俗に言う『薄い本』が雪崩を起こすように飛び出した。
本の表紙には見たことのあるようなキャラクターが描かれているが、明らかに原作者が描いていない事が分かる。
そして、そのほとんどが男性キャラ同士の絡みで、モザイクをかけてもいかがわしさが隠せないようなものだった。
「なんだっけ、これ。なんとか星矢……」
「……フェニックス流星拳?」
「はいはいはい。るうもシドもステイ。後で星の王子様読んでやるから我慢しな」
ケイトが犬か子供に言い聞かせるように言って、またも二人の手から本を取り上げた。
「わ、私なにもしていないもの!」
「はいはい」
机の方では、北斗が絶対零度の瞳で塔子を見ている。
「引越しに必要な物じゃなかったのか?」
「いや〜。朝一でイベント行った帰りでさ〜〜。そうゆうのって一刻も早く読みたいじゃん。あっあっ、でも流石に電車では読まなかったよ?偉くない?イベントも1時間で我慢して帰ってきたし。……てか、北斗ちゃんの軽蔑の目ってほんとゾクゾクするよね〜。すげえエロい。おじさんもうこんなになってきちゃったよ。げへへ。……今度北斗ちゃん総受け漫画に出していい……?」
誤魔化すように目を泳がし、最後には何だかよく分からない墓穴を掘った彼女は、一瞬にこっと微笑んだ北斗に大量の冷や汗を流した。
「良い訳ねぇだろ!!このど変態女!!!」
「ありがとうございまぁす!!」
北斗の罵倒に何故か清々しいほどの感謝の言葉を発した塔子は、この後るうとシドが成人するまで自作品含むアダルトコンテンツを彼らの目に触れさせないよう、堅く誓わされたのだった。